快晴の空の下、麻帆良学園中等部のにぎやかな内庭で、佐々木まき絵はバレーボールを打ち上げた。

「……ね、”例の”ネギ君が来てからもう5日経ったけど、みんなどう思う?」

瞬間、穏やかだった雰囲気が爆砕する。ボールは存在を忘れ去られたかのように地面に墜ち、明石裕奈、大河内アキラ、和泉亜子、皆表情を引きつらせた。

「聞くまでもないじゃない、まき絵。なるだけあの話題は避けなきゃ」
「そだね。顔は可愛いし頭は良いけど、あの壊滅的な性格は……」
「あかんやろ、もう。ありとあらゆる意味で」

だよねぇ、とまき絵自身も呟き、そして四人で重苦しいため息。

「でさぁ、私達来年受験じゃない? このままじゃまずいと思うのよね」

まき絵が暗澹たる気分になることを覚悟で話題を持ち出した理由は、その質問に全てがあった。

「確かに相談とか出来そうにないし……」
「したくもないしね」

裕奈の言葉に付け足して、アキラは苦笑する。が、問題は苦笑一つですますことが出来るほど軽い問題でもない。

「あーあ、さっさとクビになってくれないかな?」

それが希望的観測であることは、まき絵本人が良く理解していた。そう、あの悪魔教師は仕事はきちんとこなすのだ。
いや、本人にその意思があるかどうかは定かではないが、きちんと結果は出している。適当にやってもかなりの成果を出せる人種なのだろう。いわゆる天才と言う奴だ。
それに彼の授業は確かに分かりやすかった。現に、小テストの平均点は回を追って増してきている。アレで精神を逐一逆撫でする口調と態度を何とかすれば、平均点八十の大台も夢ではないかと思わせるほどだ。

「あ〜、もう!」

裕奈は地団駄を踏み、やりどころの無い怒りの矛先を転がっていたボールに向けて全力で蹴り飛ばした。
ボールは見事に放物線を描き飛び、そして高校の制服を着た長髪の後頭部に直撃した。

「あ……」

肩をぷるぷると震わせ、彼女はゆっくりと振り向く。

「あ、あなた達は!!」


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小悪魔先生ネギま!
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「で?」
「で、って……」
「分かるやろ? 助けてぇな!」

目の端に涙さえにじませ、必死の形相で懇願する佐々木まき絵と和泉亜子。
ネギはその二人の顔を数秒静観した後持っていたコーヒーを啜ると、深くため息を吐いて、

「馬鹿じゃないですか?」

あまりに当然と言った感じのネギの言い様に、二人は半ば納得しかけてすぐに怒声を上げた。

「なんでやねんな!」
「いくらアスナ達でも負けちゃうよ、だから助けてって言ってるんじゃない!!」

怒り心頭でかなりの至近距離まで詰め寄ってくる二人にも、ネギは全く動じず再びコーヒーを口にふくむ。

「すみませんでした。疑問系じゃなくて肯定にするべきでしたね、訂正しましょう。貴方達、馬鹿です。それもかなり末期的な」
「んな……!」

再び爆発しそうになる二人に二の語を接がせず、ネギは一気にまくし立てた。

「今の説明を聞いて、僕が貴方達に味方しなければならない理由は皆無です。 人の陰口叩きつつ、あげくボールに八つ当たり。そのボールが偶然とは言えあろう事か後頭部に直撃。高校生の方々も怒って当然、貴方達は甘んじて罰を受けるべきです。大体にしてなんで貴方達の諍いに僕が巻き込まれるんですか。確かに僕は貴方達の担任ですが、だからといって悪口すら言っていた年下の生意気なガキに助けを求めることに躊躇はしなかったんですか? 僕ならあくまで自分で解決しますね。
それと、せめて本人の目の前ぐらいは悪口の部分をカットしてください」
「う……」

悪口の部分をカットしろと言うなら、ネギほどソレの真逆を忠実に実行している人間はいないのだが、ネギは生憎誰にも助けを求めない。

「そ、それはそうなんやけど……」
「分かったらこの話は終わりです。好き勝手にやってください。どうせなら骨の一つでも折ったらどうですか? 監督不行届で僕がクビになるかも知れませんし」

そうまで言われては、二人は押し黙るしかなかった。
何事かとネギに視線が集まるが、ネギは眉一つ動かさず、コーヒーのカップをまた傾けた。

「それに……」
「え?」

そうしてネギはちらりと、誰もいない一つの職員机を見て、

「それに、その問題は直ぐに解決します」

意味深なそんな言葉を最後に、ネギは完全に喋らなくなった。
その様子を見て、二人は首を傾げながら職員室を出ていく。
きっとアレを説得するのは、FBIのネゴシエーターでも不可能だろうなと、亜子達は廊下を走りつつ深く思った。



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「全くもう! あのガキは自分が担任だって自覚あるのかしら!?」
「今更そんなこと言ったって仕方ないでしょ」

ところ変わって更衣室。2−A婦女子の面々は、下着姿でネギへの文句を言っていた。
アスナの場合は場所が更衣室だろうが教室だろうが自分の部屋だろうが、四六時中文句を言いっぱなしだが、そのネタは尽きることなくまるで泉源のごとく湧き出てくる。

「さっきだって、高畑先生がいなかったらどうなってたか分かったもんじゃないわよ」
「あそこまで完全無視っていうのも、ある意味凄い気もするんやけど」

苦笑を浮かべる亜子。というより、苦笑を浮かべるしかない亜子。

とりあえずあの場は、喧嘩が大きく発展する前に前担任の高畑先生が上手く纏めた。
測らずして、ネギの言った通りになったわけだ。
測らずして……?
本当にそうか、とも思う。
あの、誰もいない職員机。あれが高畑先生の物だったとすれば、ネギのあの言葉は、こうなることを予想済みだったとも考えられる。
それにあの場に出張るのは、外見だけで舐められることこの上ないのに加えて2−A全体が嫌っているネギよりも、先生としてきちんと認識されている高畑先生の方がいいのは明らかだ。
確証はないが、偶然といえるほど偶然足り得ない。
それはまき絵も同じなのか、陰口の輪に入り切れないでいた。

「ねえハルナ、たしかあいつ今あんた達の部屋に乗り込んでるんだよね? さっさと追い出しちゃいなよ」
「う〜ん、そうしたいのは山々なんだけど……」

裕奈の提案に対するハルナの返答は、どうも歯切れが悪い。

「ネギ君って大抵のことは自分でするし、たまに掃除とか料理してくれるし……どっちも凄い腕前でさ。それに……」
「何よりハルナは今修羅場ですから。貴重かつ強力な戦力を放り出すほど余裕はないです」

言いにくそうなハルナにかわって、夕映がため息混じりに答えた。
修羅場の意味は、アスナも以前ハルナから聞いたから理解できる。
つまり、その戦力と言うことは……

「ってなに!? あんた漫画なんて手伝って貰ってるの!?」

あははとから笑いするハルナには、否定の色は見られない。
沈黙ならぬ苦笑の肯定だった。

「いや〜、ネギ君ペン入れ滅茶苦茶上手くてさ。一時間も手伝ってくれないんだけど、普通の人の数倍のスピードで……」
「料理も今まではのどかだけで作ってましたから、非常にありがたいのは否定できないです」
「つまり、追い出すのは不可能、ってこと?」
「そう、なるです」

夕映は、家事全般が壊滅的な自分を少し呪った。

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