消費されました。物の見事に。 ちなみに更に補足させていただけるならば、お昼休みになった今の今までの休み時間全てが、消費されました。 一時間目を終えた休み時間を終えてもまだ怒気さめやらぬ私のクラスだったわけですが、ネギ先生が二時間目開始のチャイムが鳴った瞬間に何事も無かったかのように教室から出ていきました。 それを追おうとした皆さんだったのですが、入れ替わりで数学の教師が入室、しぶしぶ席に着いたというわけです。 二時間目の休み時間に職員室に何人かが押し掛けたら見つからず、三時間目も同様。 で、ランチタイムを経て今現在のお昼休みに至る、と。
「ホントに何処行ったのよ、あのガキ……」 「ハルナ、少し怒りすぎです。ああ言うタイプは相手を怒らせて楽しんでいるのですから、思うつぼになってしまうです」
少々普通ではない性格である私には珍しい親友、早乙女ハルナは不機嫌を食欲にぶつけるかのように、いつもに増した勢いでジャムパンを口に運んでいきます。 はっきり言ってスレンダーと言えない身体のハルナの身体。肉付きがこれ以上良くならないように祈るばかりです。
「でもやっぱり少し言いすぎだよ、あの子」
もう1人の親友宮崎のどかも、ハルナほどでは無いにしろそれなりに怒っているようでした。 気が弱い彼女を怒らせるとは、ネギ先生もなかなかやるですね。 もちろん褒めるわけではありませんが。
「まぁ、顔はかわいんだけどね〜。性格がもう壊滅的」
全くの同意です。 ああいうタイプが大人になったら、想像するだけで鳥肌が立ちます。 頭は良し、顔もあれですから将来は俳優クラス、極度の自信家で根性が前衛芸術並にひん曲がっていて、しかし自信の裏付けは取れている。
本当に、全く厄介な担任が来たものです。
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「全く、サウザンドマスターの子供があんなクソガキだったとはな」
同じ時間、同じ校舎、その屋上にいた長髪の異邦人は呟いた。 伝説の魔法使いサウザンドマスター。 その息子がマギステル・マギになるための修行として麻帆良学園に赴任してくると情報をつかみ、夜な夜な生徒達の血吸い力を付けながら、どんな子供かと少なからず想像をふくらませていた。
奴に似てめんどくさがり屋で、それでも才能だけはあるのだろうか。 それとも全く似ずに、優等生タイプのお坊ちゃんか。 はたまた極々普通の一般人タイプか。
人間関係を構築する上では核兵器並みの悪魔の破壊力をもつあの性格は、彼女のその想像とは明らかに違っていた。 まぁ頭の良さという能力ではイギリス名門のお墨付きだし、教室で触り程度に測ろうとした魔力量は把握不能の域。顔も悔しいが奴に似て、美形だ。 所詮は好いていた男が別の女と作った子供だ。クソガキのほうが清々する、のだが。能力が優秀なのが果てしなく余計だ。
「それにしても、あのガキどう言うつもりだ? あの調子では修行は確実に失敗する」
それが読めなかった。 何故わざわざ自ら修行に失敗しようとするのだろうか?
昔ほどではないとは言え、マギステル・マギの称号は価値が重い。 魔法社会で生きていくならば、ほぼ絶対不可欠のはずだ。 ならば間抜けな女子中学生共とでも、ある程度の友好的な関係を築くのが定石だろう。 いきなりあんな印象を最悪にする初対面をする必要もあるまいに。
「……何かコネでも持っているのか?」
ぽつりと出た言葉に、それならばと彼女は自ら頷いた。 あの伝説的なサウザンドマスターの唯一の息子だ。魔法社会の上層部とも関わりがあって当然だろう。 もしそうだとするならば、ますますむかつくガキだ。
と。
「そんな物はありませんよ。あったとして、必要性が皆無です」 「……っ!?」
真横から声が聞こえた。 彼女が驚愕の表情を声の元に向けると、その瞳には話題の中心であるサウザンドマスターの息子の姿が映った。
「貴様、何時からそこにいた」 「そうですね、サウザンドマスターの息子があんなクソガキだったとはな、辺りです」
ということは全てか、と彼女は舌打ちを一つして、ネギ・スプリングフィールドを睨み付けた。 その表情は落ち着いている。 見下している様な感は無いとは言え、先程までの教室でのものと大差ない。 この表情が、稀代の大魔法使いを前にしても保っていられるものなのか。 彼女は少しのいたずら心を沸かせた。
「父の名を知っていると言うことは、魔法関係者ですね?」 「ああ。エヴァンジェリンという名だ」 「……エヴァンジェリン? あの『闇の福音』ですか?」 「そうだ」
ネギの反応は、彼女……エヴァにとってさして面白くもない物だった。 ただ、すこし驚いた様子を見せるだけ。 もっと派手に驚くなり、狼狽するなり、警戒するなり、騒ぐなり、何らかの反応を見せてくれれば楽しかったのだが。
「なんでお前はここにいる? 屋上になど、何か用が有ったのか?」 「いえ、特に……強いて言えば、僕のことを怒りではなく妙な目で見ていたのが、少し気になって。丁度廊下で貴方を見かけたんで、ついて行ってみたんです。 まさか『闇の福音』だとは思いませんでしたけど」 「ふん、偶然、と言う訳か。それにしても貴様、あの挑発は何だ? いきなり生徒全員を敵に回してどうする」
ネギはにこやかな顔をして「ああ、あれですか」と、
「馬鹿を馬鹿と言っただけです。僕は、大抵の人間よりも上に立っていますから」
当たり前のように、そう答えた。
「……なんだと?」 「僕は大抵の人間より上に立って居るんです。頭脳、格闘能力、魔法。僕に勝てる人間は早々いませんよ。まして中学二年生なんて……」
その先、ネギは何も言わなかったが、ネギが何を言おうとしているかはエヴァも予想はついた。 まるで話にならない、と。
「貴様、それは少し調子に乗りすぎじゃないか?」
エヴァは殺気を込めて、言った。 あの脳天気中学生共を弁護するつもりはないが、少なくとも葉加瀬やチャオはエヴァから見ても天才だった。 科学者であるにもかかわらず魔法などと言う非科学の極みを特に抵抗もなく受け入れ、応用し、茶々丸という魔法と科学の融合を具現化させた。 彼女たちが、こんな子供に負けるとはそうそう思えない。
それに何よりも、エヴァは自分が魔法で負けるなどとは欠片も思っていない。 協会が送り込んでくる数々の襲撃者を撃退し、闇の王者たる真祖になる秘術すら行使した、この『闇の福音』『不死の魔法使い』『人形使い』のエヴァンジェリン・AK・マクダウェルが。
ネギは苦笑して答えた。
「いやだなぁ、別にエヴァンジェリンさんまでそう言う風に見てる訳じゃないですよ。僕は”大抵”の人間に勝ってるんであって、エヴァンジェリンさん、貴方は明らかに大抵の範疇じゃないでしょう?」 「それにしても、だ。この学園の生徒を舐めるな。葉加瀬聡美やチャオリンシェンは、いくらオックスフォードを出たところで勝てない」 「いえ、それは有りません。僕は、確実に彼女たちより明晰です」 「っ……!」
完璧な自信。 それが無ければこうまでひょうひょうと、あんな台詞は吐けないだろう。
「貴様、なぜそこまで言い切る?」 「事実ですから。では、僕はここで失礼します」
そう言うとネギは、エヴァに背を向けた。 ポケットに両手を突っ込んだまま、屋上から降りるドアには向かわず、エヴァが寄りかかっていた壁の影の上で止まる。
そして、右のつま先でこつんとその影を叩いた。
それだけでネギの身体は影に沈み、消えた。
「……影媒体の、転移だと?」
それも、呪文も魔法陣も魔法薬もなく、一動作で。 エヴァは僅かに眉をひそめた。
「『僕は、大抵の人間よりも上に立っていますから』、か。あながち冗談でもなさそうだな」
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